2014年1月27日 日本経済新聞

小学校の検査中止10年 「色覚で問題」知らず困惑 若者、進学・就職でトラブル



 特定の色が見分けにくいといった先天的な色覚の違いを自覚しないまま進学や就職の時期を迎え、トラブルに直面するケースが相次いでいる。小学校での色覚検査が中止されて10年がたち、受診経験のない人が増えているためだ。文部科学省の検討会は昨年末、色覚検査の積極的な周知が必要とする意見書をまとめたが、学校での検査には反対の声も根強い。

 美容師志望の16歳の男性が「ヘアカラーの色が分かりにくい」と悩み、福祉施設で働く18歳の男性は入所者の顔色が判別しにくく、上司から眼科受診を促されたーー。日本眼科医会が昨年、各地の眼科診療所で先天的な「色覚異常」と診断された事例をまとめた実態調査。若者らが自身の色覚特性に深刻に悩む姿が浮き彫りになった。
 眼科医会によると、中高生のうち受診前から本人や保護者が症状に「気づいていた」のは約5割。受診のきっかけは高校生の7割弱、大学生の8割強が進学や就職だった。
 文科省は2003年度から、学校生活に支障がないことなどを理由に、小学校の健康診断での一斉検査を取りやめた。「色覚異常に対する学校側の関心が薄れ、児童に対する指導上の配慮も十分でなくなった」(眼科医会の宮浦徹理事)ことが、色覚の違いに気づかないまま成人することの背景にあるという。
 眼科医会などは昨年10月、小学校低学年と中学1年時に、希望を募るなどして検査実施を働き掛けるよう文科省に要望。同省の有識者検討会も12月「(検査は)同意のもとで行うことが極めて重要だが、積極的な周知を図ることも必要では」との見解を示した。
 「進路選択の前から本人が色覚の特性を知っていれば困らない」。山形県内の工業高校は、3年生になって初めて色覚の特性を知り、志望職種の変更を余儀なくされる例もあるため、12年度から同意を前提に1年生の検査を始めた。
 小中学校の保護者向けに、色覚に関する資料を配布しているのは兵庫県西宮市。「検査がなくなったことを知らない保護者が多く、現状を周知する」(市教育委員会)のが狙いで、希望者には学校で検査したり、眼科受診を勧めたりしている。
 こうした動きに対し、日本色覚差別撤廃の会の井上清三会長は「色覚の異なる子への偏見を生み、就職差別につながってきた学校での検査は本当に必要なのか」と複雑だ。中止前の学校での一斉検査では、色の識別ができなかった子供が劣等感を持つことも少なくなかったという。
 NPO法人「カラーユニバーサルデザイン機構」(東京・千代田)の伊賀公一副理事長は「色覚の特性を『異常』と切り捨てるのではなく、疑いがあるとされた人へのケアや情報提供の体制づくりが重要」と指摘。「学校現場や公共の場所で、印刷物や案内表示などの配色を誰にでも見えやすいものに変えていくといった取り組みを通じ、色覚への理解を深めることも欠かせない」としている。

見え方の違い 男性20人に1人

 先天的に赤と緑の区別がしづらいなど色の見え方が異なる人は、日本人男性で20人に1人、女性で500人に1人と推計されている。見え方は一通りではなく、加齢や病気で変わるケースも。科学的な根拠のある治療法はないとされる。
 先天色覚異常者は「色弱」などとも呼ばれ、かつては大学の理系学部への進学や就職で制限があった。国は2001年の法令改正で雇用者に義務付けてきた色覚検査を原則廃止。色覚の違いを理由に採用を制限しないよう指導してきたが、現在も自衛隊や警察、航空など職種によっては事実上の制限が残る。