2023年8月30日 朝日新聞

見やすい情報 MUD(メディア・ユニバーサルデザイン)誰もに届ける 印刷会社などが取り組み


 色づかいや文字の形などを工夫して、情報をわかりやすく伝える「メディア・ユニバーサルデザイン(MUD)」の取り組みが広がっています。視覚に障害のある人や高齢者、外国人ら、多様な人々の特性をふまえながら、薦められています。「誰ひとり取り残されない」というSDGsの理念を具体化する実践です。 (編集委員・北郷美由紀)

■色 避難所や海抜表記 多様な視覚に配慮

 東京・浜松町のイベント会場で18日から3日間、「伝えるためのユニバーサルデザインフェア」が開かれた。色とりどりの明るいイラストが、人によっては暗くて色も少なく見える。赤と緑、水色とピンクなどの組み合わせが見分けにくい人がいる。老眼や白内障で、文字や数字がにじんだり、ぼやけたりすることもある。多様な見え方を説明したパネル展示を前に、訪れた人からは「知らなかった」との感想が漏れた。
 催しを開いたのは、全日本印刷工業組合連合会と組合員融資が運営するNPO「メディア・ユニバーサル・デザイン協会」。誰でも情報を正確に受け取ることができる「情報保障」への業界の取り組みを紹介しようと、初めて企画された。
 「男性の20人に1人は、色覚の特徴により、違った見え方をしている。こうした人たちにも見やすい印刷物を作ることが、製造者としての責任を果たすことだと思った」。展示と並行して開かれたセミナーで活動のきっかけを話したのは、和歌山県で印刷会社を営む白子欽也さんだ。
 白子さんは仲間の会社とともに、同県海南市から発注を受けた約2千枚の「海抜表示看板」を、協会のMUD認証に沿って作った。大きな波のイラストに「うみからのたかさ」という説明。耐久性を高めつつ、夜でも見やすいようにした。
 協会がかかわった製品には、避難所の設営に使うシールセットもある。受付やトイレの場所、ゴミの分別が一目でわかる。掲示板に張り出される情報を「医療」「食料」「伝言」などに整理できる。イラスト付きで、簡単にはがせる。
 シールの色は、色覚に特徴のある人や淡い色が苦手な高齢者がわかりやすいものを使う。使った人たちからは、避難者からの問い合わせが減り、別の対応にあたる時間が増えたとの感想が寄せられたという。

■書体 丸い角・均一な線 学校で効果

 コンピューターで使う文字をわかりやすくした代表例は、フォントメーカーの「モリサワ」が2016年に発表した「UDデジタル教科書体」だ。
 教科書体に使われる書体では筆の「とめ・はね・はらい」が目立つように作られている。ところが、「抑えの形状が気になり読めない」「先がとがっていてこわい」と感じる子もいる。読み書き障害(ディスレクシア)や弱視の子もいる。そうした子たちの読みにくさを改善しようと、角を丸くしたり、線を均一に整えたりした。
 小学校の教科書や教材の一部で採用する教科書会社があるほか、奈良県生駒市は小中学校の教員のパソコンに書体セットを導入、配布物や教材に活用する。市教委が行った実証試験で、読むことが苦手ではない子にも、正確に速く読めるメリットがあったという。
 今ではウィンドウズの標準フォントに採用される書体の開発を主導したのは、書体デザイナーの高田裕美さん。文章の内容は理解できても、文字を読んだり書いたりするのに苦労する子どもの存在を知り、「これは社会の穴だ」と思ったという。8年がかりの仕事を記した近著「奇跡のフォント」では「社会のいろいろな状況に置かれた人々に情報を伝えるための方法を考えていきたい」と書いた。

■技術普及へ検定制度 施設づくりに導入も

 情報保障の実現は、SDGsの17目標のうち「健康と福祉」「質の高い教育」「ジェンダー平等」「不平等の解消」「まちづくり」「責任ある生産と消費」の6目標に関係する。活動を担う各地の印刷会社の社長たちは「持続可能な社会づくりのお役に立ちたい」と話す。
 いまMUD協会が力を入れているのは、独自の検定制度だ。初級資格と上級資格があり、印刷デザインを発注する企業や自治体の担当者も受験している。最近は学生の受験も増えているという。
 施設づくりにMUDの観点を取り入れる動きもある。リコージャパンは、ショールームづくりで協会の助言を仰いだ。その結果、ガラスドアに書き込む文字や案内表示、受付カウンターの高さなどを当初のものから変更した。全国の9拠点で、協会が実施する認証も取得した。
 専門家との連携も進む。静岡文化芸術大学の小浜朋子教授は今回のフェアで、棚の色などの条件が変わるとスーパーに並んでいる商品の見え方に違いがあることを来場者に体感してもらった。「実生活にMUDを落とし込む方法を探りたい」と意気込む。
 関係者が一様に強調するのは、「MUDはあくまで道具」という点だ。情報伝達の技術や工夫は進化しているものの、すべての人にぴったりと合うわけではない。取り組めば取り組むほど、自分と異なる多様な人の存在を意識するようになる。MUDを通じた共生への試みは、現在進行形だ。