2021年1月27日 毎日新聞夕刊

マンUユニホームに苦情  深緑着用 赤のリバプールと対戦 色覚障害者「区別できない」


 サッカーのイングランド・プレミアリーグの名門、マンチェスター・ユナイテッド(マンU)のユニホームを巡り、ネット交流サービス(SNS)に苦情が殺到した。今月17日の対戦がその火種で、マンUのユニホームは深緑色、対戦したリバプールは赤色。問題はどこにあったのか。

SNSに数百件
 「今季最大の試合で、チームを区別できなくさせた」「ボーンヘッド(間抜け)」ーー。マンUーリバプールの対戦後、SNSにこんな投稿が相次いだ。海外メディアによるとSNSに投稿された「苦情」は、数百件に及んだという。
 原因は「特別ユニホーム」にあった。マンUのアウェー用ユニホームは今季、 白と黒だが、この日は深緑の特別版を採用。この「緑」と、リバプールの「赤」は、色覚障害を持つ人々にとって同じような色に見えてしまい、区別が難しかった。試合を報じた写真を改めて障害当事者に見てもらったところ、東京都内の男性会社員(31)は「マンUのユニホームは黒にしか見えず、同じ濃い色の赤のユニホーム(リバプール)と見分けにくい」と語る。男性の場合、近い距離だと色の判別は比較的可能だが、スタジアムでのスポーツ観戦のように遠い距離だと区別が難しくなるという。「『色』を意識することが苦手なので、ストライプなどの柄で見分けるようにしている」と実情を語る。
 色覚の多様性に対応した社会を目指すNPO法人「カラーユニバーサルデザイン機構」(CUDO) によると、国内では男性で20人に1人、女性で500人に1人、計約320万人以上に色覚障害があり、欧州ではさらに高い割合で存在するとされる。人によって見え方が異なるが、ピンク色が灰色に、紫色が青色、赤や緑、オレンジ色などはいずれも茶色系に見える場合が 多い。画像処理ソフトの一部には、色覚障害者への配慮を目的として疑似的に「色覚障害」を作り出し チェックする機能があるが、それを使ってみると、確かに両チームのユニホームは区別が付きにくかった。
 海外メディアなどによると、2014年に欧州チャンピオンズリーグで同様の問題が発生したこともあり、プレミアリーグでは試合の10日前に対戦チーム双方が着用するユニホームを提出し、色覚障害を持っていても識別できるかどうかチェックしていたという。今回も試合前にユニホームについて指摘があったが、マンUが 靴下の色を深緑から白に変更するにとどまった。CUDOの担当者は「スマートフォンなど小さな画面で試合を見るファンも多く、靴下を変更しただけでは識別は難しい。対応としては不十分だった。ユニホームの色を変更したり、ストライプ などの柄が入ったものに変更したりすれば防ぐことができた」と指摘する。
 男性は「今回の試合はビッグクラブの対戦で、視聴者も多いはず。(色覚障害の)当事者の見え方は人それぞれですべてに対応することは難しいかもしれない が、見やすさについて配慮する必要があったのでは」と話す。色覚の多様性の啓発を手がけるNPO法人「トゥルーカラーズ」の高橋紀子理事長は、今回の試合で色覚障害に注目が集まったことを「意義がある」と指摘。「英国では苦情が多く出たそうだが、日本ではそういう声が上がりにくい。『見え方で困る人がいる』という事実を多くの人が知れば、世の中が変わるはずだ」と話した。
 また、特別ユニホームがもたらした今回の問題について、プロ野球・ヤクルトやJリーグ・モンテディオ山形のユニホームを手がけるデザイナーの大岩Larry正志さん(45)は「近年、ファンサービスの一環としてユニホームが多様化してき たことによる弊害。ファンを喜ばせる取り組みとしては良いことだが、『見えにくさ』を招いてしまえば本末転倒だ」と自戒の念を込めて指摘する。

日本 対応手探り
 一方、日本のプロリーグはどのような対応を取っているのか。画期的な取り組みを始めたのは、サッカーのJリーグだ。2月に開幕する21年シーズンから、視認性を高めたユニバーサルデザインの書体と色彩を盛り込んだ背番号と選手名を、全チームで統一的に使用することにした。色覚障害者も判別しやすいようにCUDOからアドバイスを受け、過去3年間で背番号に多く使用された 赤、青、黒、黄、白の5色に定めた。各チームは自由に選ぶことができるが、生地とのグラデーションで視認性が確保されているかどうかをリーグ 側と検証する。
 独自の書体を用いていたクラブからの反発をも押し切った背景を探ると、観戦方法の多様化が見えてくる。有料ネット配信サービス「DAZN」(ダゾーン)が17年から全試合の生中継をスタート。スマートフォンの画面で視聴する機会も増え、背番号と名前を見やすくする工夫が求められてきた。しかし、今回の取り組 みは背番号と名前に限られており、ユニホームの大部分を占める色彩には色覚障害を考慮する規定が設けられていない。広報担当者は「過去、識別に対する苦情はあまりなかった」として、各チームの独自色を尊重する。
 日本野球機構(NPB)によると、プロ野球には色覚障害を抱える人などを想定した視認性の高いユニホームを着用させるなどの規定はなく「各球団の判断で対応している」という。公認野球規則でプロ野球のユニホームについて「ホームゲーム用として白色、ロードゲーム用として色物の生地を用いて作った2組を用意し なければならない」としているのが唯一の規定だ。
 16年にスタートし、プロリーグとしては後発組のバスケットボール男子・Bリ ーグ。サッカーや野球と比べ、狭いコートでめまぐるしく選手が入れ替わるが、こちらも「濃色、淡色のユニ ホームをそれぞれ用意する」と規定するものの、過去に判別に関するトラブルはなく、リーグがシーズン前に視認性を確認するにとどまっているのが現状だ。ある関係者は「多くの人に愛されるリーグにするため、視認性を向上させる取り組みは重要だが、まだまだ行き届いていない」と話す。
 自身も一部の色が判別しにくい色覚を持ち、色のバリアフリーに向けた活動に取り組む東京慈恵会医科大の岡部正隆教授は「色の見え方が違うことは、外見では分からない多様性であるがゆえに、外見で分かる多様性に比べて配慮が届きにくい場合がある。当事者が配慮を求める際 にはカミングアウトする必要があり、あえて口にしない人も多い。だからこそ、周囲からの『そういう人がいるのだから配慮しよう』という声が必要だ」と指摘。その上で「スポーツ界でも、使用するユニホームの色を配慮して選ぶルールが定められることが望ましい。現在は簡単に色覚障害の人の見え方がわかるスマートフォンアプリもあるので、ルール化しても見え方の確認は大きな手間にはならないはずだ」と提案した。【岩壁峻、 真下信幸】